タイ拠点のハラスメント対応

Authored by 鍋島 詩織, Senior Consultant, パーソルコンサルティング タイ

ハラスメント

日本ではハラスメント防止に関する意識が年々高まり、相談窓口や調査フローの整備が企業ごとに進んでいます。その流れを受け、本社人事としては「海外拠点も同様の対応ができているのか」を確認する必要性が高まっています。実際、タイ拠点が本社から「タイではどうなのか?」と問われる場面も増えています。
タイの就業規則には苦情申立ての規定が必須とされていますが、それだけで十分とは言えないのが実態です。本稿では、タイでの実務に照らして留意すべき点を整理します。

1. 就業規則と苦情申立ての限界

タイ労働保護法第108条では、10名以上の従業員を雇用する事業所に対し、就業規則の作成を義務付けています。必須記載事項の一つに「苦情申立て手続」が含まれています。ここで規定される「苦情」は一般的に不当な処遇や規則違反を広く含む概念であり、ハラスメントという言葉を明示していないケースが多いのが実態です。
さらに、タイの労働法や関連法の中でも「ハラスメント」という言葉自体の定義は明確に示されていません。このため、従業員が「どこまでが苦情として対象になるのか分からない」と感じたり、結果として外部通報に発展するリスクがあります。従って、就業規則上の苦情申立てだけに依存するのではなく、別途ハラスメント防止ポリシーや相談窓口を明記しておくことが望ましいといえます。

2. ハラスメントに関するタイの法令上の実態

タイ労働保護法第16条ではセクシャルハラスメントの禁止が規定されています。しかし、法律上の罰則や企業が取るべき具体的措置は明確に規定されておらず、その他のハラスメントについては、そもそも法的な定義が存在しません。たとえば、違反した場合の金銭罰や懲役の上限、企業が講じるべき防止措置の具体的内容なども明示されていないため、「法律に従って形式的に規程を整備しただけでは法的責任を回避できるかどうか不透明」という状況です。
このため、企業は実務上、ハラスメントの範囲を自社で明確化し、相談窓口や調査フローを整備することが重要です。つまり、法令だけでなく自社の運用まで含めた実効性ある体制を構築することが、従業員保護と企業リスク回避の両立につながるのです。

3. 調査の適正性とPDPA対応

ハラスメント申し立てがあった場合、会社は自社で調査を行うことになりますが、その際に重要なのは調査の中立性と適正性です。調査担当者が利害関係を持たないこと、申立人や被申立人が不利益を受けないよう十分に配慮することは不可欠です。さらに調査の過程で取得する証言や記録は個人データに該当するため、タイの個人情報保護法(PDPA)の観点からも注意が必要です。具体的には、本人同意の取得やアクセス権限の制限、保存期間の明確化など、プライバシーへの配慮を欠かすことはできません。こうした点を怠ると、会社自体が不当労働行為やプライバシー侵害で訴えられるリスクがあるため、実務的には外部専門家を交えて慎重に進めることが推奨されます。

まとめ

タイでは就業規則に苦情申立て手続の規定を設けることが義務化されていますが、それだけでは十分とは言えません。ハラスメントを明示的に対象に含めること、調査を適正かつ中立的に行うこと、さらにPDPAの観点からデータの取り扱いに注意を払うことが実務対応の要点となります。
日本本社からの関心が高まる中で、タイ拠点においても形だけの制度整備に留まらず、実効性ある仕組みづくりを進めることが、結果的に従業員の安心感と企業のリスクマネジメントの両立につながります。